日本人の親による「子供連れ去り」にEU激怒──厳しい対日決議はなぜ起きたか

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ILLUSTRATION BY MHJ/ISTOCK

<国際結婚と離婚の増加に伴って、日本の単独親権制度が問題に。子供に会えない悩みで自殺したフランス人男性もいる>

「まだ離婚していないのに、まだ親権を持っているのに、なぜ1年以上前から自分の子供に会えないのか」と、日本に住むあるフランス人男性が言う。2018年、長男の3歳の誕生日に彼が帰宅したら妻と2人の子供がいなくなっており、家はほぼ空っぽだった。「孫は突然連れ去られたが、日本の警察などが助けてくれないのはなぜか」と、男性の親も批判する。

2005年頃から欧米で問題になっているのが、「日本人の親による子供の連れ去り」。国際結婚が破綻した日本人(主に女性)が子供と家を出た後、配偶者を子供に会わせないケースだ。背景には、国際結婚とそれに伴う別居や離婚の増加と、親権制度の違いがある。

日本は先進国で唯一、離婚後に父母の一方にのみ親権を認める単独親権制度を取っている。「連れ去った」親は子供と同居しているため、裁判で親権が認められる可能性が高いと言われる。暴言や家庭内暴力(DV)から守る日本の法律が不十分なこともあり、被害を受けた女性が「逃げるしかない」ことも一つの原因と考えられる。

圧倒的多数で日本を批判

7月上旬、ツイッターやマスコミのウェブサイトにこんな見出しが躍った。「『親の子供連れ去り』禁止を要請 欧州議会が対日決議」

EUの欧州議会本会議は7月8日、日本に対する批判的な決議を採決した。賛成686票、反対1票、棄権8票。この決議で強調されたのは、主に以下の4点だ。

① EU市民の親の許可なしに、日本人配偶者が子供を連れ去る事件が増加している。

② 日本は子供の保護に関する国際ルールを尊重しない。EU加盟国の国籍を持つ子供の権利が保護されていない。

③ 日本の法律では、監護の共有は不可能。

④ 親権を持たない親に対する制限付き訪問権、または面会交流がほぼ認められない。

日本への要求は主に2つ。裁判の判決を必ず執行すること、日本が署名したハーグ条約をきちんと守ることだ。民主主義の国であり重要な経済パートナーの日本に対し、これほど強い批判的な表現を使うEUの決議は極めて珍しい。

決議に対し、茂木敏充外務相は「どのような根拠に基づきそのような主張をしているのか理解しかねる点は多い。国際規約を遵守していないとの指摘は全く当たらない」などと述べた。ただし、連れ去りは「子供にとって生活基盤が急変し、一方の親や親族・友人との交流が断絶される」など、有害な影響がある可能性は外務省も認めている。

こうした状況を解決するため、日本は2014年にハーグ条約の締約国になった。同条約は子供を守る目的で、元の居住国に子供を返すための手続きや、親子の面会交流を実現するための国際協力などについて定めている。双方の間で話し合いがつかない場合には裁判所が、原則として子供を元の居住国に返還することを命ずる。つまり、片親が「自分1人で子供の世話する」と決める権利はなく、子供を連れ去るのは違法だ。

だが現実には、ハーグ条約に基づいて解決されたケースは一部にとどまる。外務省によると、子供の返還などを実現するための援助の申請数は2014年度で113件。その後は、年間およそ50件。詳細を見ると、数年前から全く出口が見えないケースも残っている。

当事者であるフランス人男性がこう説明する。「日本の裁判で返還命令が出ても、なかなか執行されない。日本に連れ去られた子供は、日本人の親が返還を拒否したら返還されない。裁判で勝っても、いくら頑張っても外国人の親はもう子供に会えなくなってしまう。万が一、日本に来て子供に会おうとしたら逮捕される可能性がある。何人もそうなった。日本では強制的に子供を返還させることはしないから。国内法律を変えないとこの問題は解決できない」

「僕も自殺を考えた」

数年前には、子供に会えない悩みでフランス人男性2人が自殺した。「僕も自殺を考えたがやめた。息子に頑張っているパパの姿を見せたほうが意味がある。いつか息子が気付いてくれると期待している」と、別のフランス人男性は強調する。

外務省のハーグ条約担当者も裁判所の返還命令が執行されない例があると認め、「夫婦の関係が特に悪い事例で、解決方法がない」と言う。

ハーグ条約は、返還原則の例外も定めている。いくつかあるが、なかでも注目すべきは「返還により子が心身に害悪を受け、または他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険がある場合」。これには子供への虐待やDV等が含まれる。

子供を連れ去った疑いがある日本人女性はほとんどの件で、「DVを防ぐために逃げた」と説明する。もちろんDVがあった可能性は否定できないが、逃げるより先に居住国の警察などに相談すべきだろう。また、連れ去りの理由として、DVや虐待が不正に利用されるケースがないとも言い切れない。

フランスなどでは原則として共同親権だが、裁判はケース・バイ・ケースで判断し、DVなどを理由に単独親権を決定することも珍しくない。

EUは国境を超えた事例だけでなく、EU市民に関わる日本国内で起きる連れ去りにも懸念を示す。日本で暮らす国際結婚の夫婦が破綻し、日本人の親が子供を連れ去ることも多いからだ。「妻と子供がどこに住んでいるか分からない、子供に会いたい」という外国人男性は多い。

日本人の夫が連れ去るケースもある。「日本では実子誘拐をした片親に実質的に監護権が与えられることを、自分が同じ立場に置かれるまで知らなかった」と、オーストラリア人の女性が言う。彼女は1年前から、2人の子供に会えずにいる。

共同親権についての共著がある東京都立大学の木村草太教授によると、「日本には戸籍の附票制度があり、親権者であれば子供の居住地を追跡できるので通常、『子供がどこにいるのか分からない』事態は生じない。あるとすればDV等による保護措置が出ている場合だけだ」

だが子供に会えない外国人の親全員がDV加害者とは考えにくく、日本語が読めない、話せない彼らが自分の権利や可能な手続きを分かっていない可能性がある。日本人弁護士とのコミュニケーションも一つの課題だ。多くの場合、外国人当事者と日本人弁護士の共通言語は英語で、誤解が生まれることは防げない。子供に会えない外国人の裁判を筆者が取材したところ、通訳の問題もあるし、あまりやる気のない弁護士がいることも分かった。

フランスの国会議員リシャルド・ヤングは「父親と母親の関係が悪化したとしても、国は子供の権利を守り、両親との関係継続を確保すべき」と強調し、「日本の法律を改正することが必要ではないか」と言う。

裁判の判決が守られない

多くの欧米人からすると、単独親権制度は時代錯誤なだけでなく、日本が署名した「児童の権利に関する条約」に反する。特に、第9条に定められている親と引き離されている子供が、親と定期的に会ったり連絡したりする権利が守られていない。日本人の配偶者と別れた後、子供との面会交流ができない外国人親は多い。離婚するとさらに壁が高くなる。共同親権が認められたらこの問題を解決できるというのがEUの考え方だ。

一方、共同親権は必要ないと考える木村はこう説明する。「面会交流については、親権者が自由に決められる事柄ではない。父母どちらが親権を持つかにかかわらず、『子の利益』を最優先して監護・面会交流の方法を協議で決めなくてはならない。親権を持たなくなったほうは法律上、親として扱われなくなり、子供に会うこともできなくなるという説明は誤りだ」

ただ残念なことに、裁判で「面談交流、月2回」の命令が出ても、親権を持つ親がさまざまな理由で命令に応じないことも少なくない。「新型コロナウイルス感染のリスクがあるから会わせない」と言われたフランス人男性は「妻はなんでもかんでも理由にする」と言う。「裁判の判決が必ずしも守られていない」というEU決議の指摘は、こうした問題も含めている。

崩壊した日本人夫婦の間にも同じような事態は起きるが、外国人だとさらに複雑だ。国によって国際条約の理解が若干異なるのも大きい問題だろう。子供の利益を最優先すべきと言っても、「子供の利益」とは何か、国によって答えが違うかもしれない。

今回の決議が日本でも報道されたこともあり、EUやアメリカの意見に耳を傾ける日本の議員、弁護士や当事者も出てきた。今後は建設的な議論が可能かもしれない。今のままでは連れ去りの被害者となる子供が増え、日本のイメージも悪化する一方だ。

(筆者はフランス出身、1997年より日本在住。元AFP通信東京特派員)

<2020年8月11日/18日号掲載>