身長195センチ、体重120キロの大男は、身長98センチの幼子に執拗(しつよう)に暴行を加え続けた。東京都大田区のマンションで新井礼人(あやと)ちゃん(3)が死亡した事件。母親(22)の交際相手の暴力団組員、永富直也容疑者(20)=傷害容疑で逮捕=は「ガンをつけたので頭に来た」などとあまりに幼稚な動機を口にした。かかと落とし、平手打ち、投げ飛ばし…。耳から血を流し、「ママ、苦しい」とつぶやいた礼人ちゃん。だが、救助は呼ばれず、幼い命はそのまま消えた。(三宅令)
暴行のすえ、幼子はけいれん…悪夢の晩餐
事件が起きたのは、今月25日午後8時半ごろ。大田区大森南のマンションでの夕食中、永富容疑者は礼人ちゃんが「自分をにらみつけてきた」と激高した。
さらに「テレビのほうを見た」「またにらんだ」などと次々と因縁をつけ、暴行はエスカレートしていった。
母親は「永富容疑者が息子をつかみ、ボーリングのボールを投げるようにしてガラス戸棚に投げ飛ばした。正座させて平手打ちしたり、かかとを頭に振り下ろしたりもした」と説明。永富容疑者はさらに、ベランダを指さし「行け。死んでしまえ」などと話し、床に包丁を突き立てたという。部屋はマンション4階だった。
身長1メートルに満たない礼人ちゃん。けいれんを起こして過呼吸を起こしたところで、凶行は終わった。約1時間半後のことだった。
母親は翌26日、礼人ちゃんに水や食事を与えたが、嘔吐(おうと)を繰り返し、失禁もしていた。左耳からは血が流れ出ており、「ママ、苦しい」と漏らしたという。
暴行から丸1日以上が過ぎた27日未明になって母親が「子供に熱があって、反応がない」と119番通報。すでに心肺停止の状態で、搬送先の病院で死亡が確認された。
暴行の激しさを物語るように、遺体には顔、手足、臀部などほぼ全身に無数のあざがあり、頭蓋内や両眼底に出血も確認された。
笑顔で「ハイタッチ」 幸福な家庭を一変させた容疑者
警視庁大森署は同日、傷害容疑で永富容疑者を逮捕した。永富容疑者は「にらんできたので頭に来た。やることはやったので、人生に悔いはない」などと容疑を認めた。
その後の調べで、永富容疑者が母親と口裏を合わせ、犯行の発覚を免れようとしていた疑いが浮上した。
同署によると、母親はマンションに到着した救急隊に「25日に公園の滑り台から落ちてけがをした」などと説明していた。母親は「永富容疑者にそう話すように指示されていた」と説明。さらに「暴行のあと、礼人を病院に連れていこうとしたら、『息をしているから大丈夫だ。一緒にいたんだから、お前も捕まるぞ』などといわれた」と明かしたという。
搬送先の病院の医師は、母親の説明を不審に思い、同署に連絡していた。
母親は「暴行を止めようと思ったが、自分も殴られて止められなかった」などと話しているといい、同署は母親が永富容疑者に逆らえず、通報が遅れた可能性があるとみている。
同署によると、母親は礼人ちゃんと約3年前から現場のマンションに住んでいた。住人は母子について「仲が良かった」と口をそろえる。住人の女性(72)は「礼人ちゃんは人懐っこくて、保育園や買い物帰りに『ハイタッチ』と駆け寄ってきた。母親も優しく見守っていた」と話す。
母子家庭の平穏が崩れ初めたのは、今月初頭に永富容疑者が転がり込んできてからだった。
SNSで知り合い「泊まるところがない」
同署によると、母親と永富容疑者は昨年6月ごろにインターネットのSNSサイトを通じて知り合った。そして今月8日になって、永富容疑者が「泊まるところがない」として、同居生活が始まった。
虐待行為は18日ごろから始まったとみられるが、今回の事件当日ほど激しいものではなく、母親は「そのときはしつけの一環だと思っていた」と話しているという。
大田区によると、礼人ちゃんは4カ月、1歳半、3歳の健診を欠かさず受けていた。いずれも健康状態は良好で、虫歯ひとつなかったという。
母親は、礼人ちゃんが1人で着替えられないなど、ほかの3歳児に比べて少し発育に遅れがあったことを気にかけ、月に1度、区の支援センターに通うなど、愛情を注いでいた。
母親は永富容疑者の“しつけ”について、「自分が礼人をかわいがることに嫉妬しているように思えた」などと話しているという。
司法解剖で、礼人ちゃんの死因は頭部に強い衝撃を受けたことによる硬膜下血腫と判明。傷害致死容疑に切り替え、永富容疑者を調べている。
事件当日の25日に通園先の保育園で着替えをした際は、体にあざなどは確認されなかったといい、突発的に強い暴行を加えたとみている。永富容疑者から礼人ちゃんに対する謝罪の言葉はまだない。